「多“才”なSPEC」のクリエイター達③ 浦野和音さん
ハッチの最古参の部署でもあるマネジメントオフィス「SPEC」。その特徴のひとつが、マネジメントにあたるクリエイターの職能的多様性です。カメラマン、CMディレクター、メイクアップアーティスト、フラワースタイリスト等々数多くの才人が在籍し、ごく広範囲に渡るクリエイティブ制作がSPECへのワンストップによってカバーできます。
各自持ち場となる領域からイマジネーションをカタチあるものへと昇華してみせるクリエイター達。ある時には驚きを、ある時には涙を呼ぶその作品は、一体どんな個性から生まれ出るのか。当シリーズでは気になるその人柄や仕事観を、10の質問を通じて探っていきます。
作曲家・浦野和音さん
ことさらに歌い上げず、ひとりたたずむかのような旋律が、優雅。現代音楽(西洋古典音楽の系譜を引く音楽、の意味で)の教養も味方に作られる浦野さんの音世界には、強さよりもやさしさを尊ぶ感性が息づいています。
ドラマなどの劇中で流れるいわゆる劇伴の作曲、それにCM音楽や編曲、サウンドデザイン、オーケストレーション等を手掛けてきた彼女が一方で新たに足を踏み入れたのがアニメ。自らイラストを描き、そこに動きを与えて形づくる世界は音楽との掛け算効果でも期待大。北海道出身らしい(?)その開拓精神に迫ってみました。
質問①:弦楽器が登場する機会も多いからか、たおやかな印象を残す作品が多いのですが、ご自身のどんなところが反映されていると思いますか。
弦を使うことに関して言えば私、音大出身なんですが、私自身は作曲科でも学内では自然と弦の響きには触れてきたからその音に感化されている部分があるのかもしれません。
集まる学生の質としても弦楽器には強みがあるところだったし、上手な人の演奏を聴いていると……。
質問②:そんな、音像に余白があるスタイルは「劇伴」を創る上でも相性が良さそうですね。視覚情報と共にこちらの耳に届いた時のバランス感、という意味で。
これまで気づきませんでしたが、確かに。元々の志向が幸いして変に気構えず自然に取り組めているのだとしたら、これはアドバンテージと言ってもよさそうです。
質問③ :アニメーションへの挑戦について教えてください。ひとりでに始めたとのことですが「当初こんな苦労をした」といったことなど、ありますか。
それが、意外かもしれないんですが、記憶に残るようなことは何もないんです。苦労といって思い出すのは、むしろ引越し。私、今マレーシアに住んでいるんですがその時の引越しの方がもうずっと、人生史上最高に大変で。本当なんです。
毎日鼻血が出る勢いで、目が回るようなタスクをこなした引越し。それを経てのマレーシア生活のスタートだったんですが、アニメはそこからほどなくしてやり始めました。一年半ほど前のことです。
まっさらな環境、おまけに北海道出身だった私にとっての南国住まいというのもあり、波に乗って、というのでしょうか、新しい何かを衝動的に始めたくなったんです。元々はっきりオタクだと自称できる位アニメが好きでしたし。描き方はまったくの独学で、必要な機材も自分で調べて揃えて。自作曲につけるミュージックビデオとしてアニメをつけてみたのが始まりです。
作曲家目線ならではの独自のアニメーションがきっとできるんじゃないか、と。
質問④:好きこそ物の上手なれ! それにしても未知の物事に対して身軽ですね。楽天的、ということなのでしょうか。
アニメへの挑戦に関していえば、引越しを経て「もうこれ以上の苦労などない」と言い切れるまでに吹っ切ることができたというのがひとつ(笑)。
加えて、音楽制作の場における「求められ方」が私をそうさせたとも思います。依頼される際、「雰囲気としては、ジャンルで言うなら〜〜みたいな」というのが、ある時は電子音楽だったり、またある時はカントリーミュージックだったり、様々ですから。そういった意向に応えられるよう、リサーチや研究はつどすることが習いぐせになっています。欲しい音に適した機材を探すにも、時代が進めばまた新しいのが出てくるので、その辺りの情報にも敏感でいたい。
そんな風に心がけていることで自分のポテンシャルが伸びた手応えもあるし、だからひるまずに楽しめられるようになったのかな、と。
質問⑤:昨年11月には「新千歳空港国際アニメーション映画祭」で自作の構想を語るプレゼンテーションの機会も得たわけですが、企画してみての感想はどんなものでしたか。
国内外の人が往来する空港にこそエンタメを、という思想の部分からなるほど面白い!と共感するものがあったし、おまけに地元でというのでますます気分も高まってしまって。企画を知るなりいそいそ応募して、結果ありがたくも登壇させていただけることになりました。
ここで構想を話した作品『KNOCK KNOCK』は、アニメに音楽の生演奏を、またモーションキャプチャーによってバレエの動きもふんだんに交えた多層的な総合芸術を、という考えに根ざしたものです。
プロジェクトメンバーは、先立って結成したクリエイターチーム「Studio Pelahap(スタジオ ペラハップ)」を母体とする全15名。監督・脚本・キャラクターデザイン・アニメーションを担う私がいちばんのリード役です。脚本や絵コンテ、ポスプロといった工程は初めてで、そういったいろんな役回りの経験が出来てひとまわり大きくなれたように思います。
ペラハップ及びここで組んだメンツというのが実は、そのほとんどが私の大学時代にさかのぼる旧知の仲で、皆揃って音楽家だったりします。
特にサークルもなかった中、校風でしょうか、同じ学科に学び、日々練習を共にし、寮でも一緒、そんな環境で醸成された当時の仲間意識にはちょっと特別なものがあって。自主企画に挑戦したこともありました。
マレーシアに来てから自然と過去を振り返っている自分がいて、懐かしくなり声を掛けてみたら、再結集の機運が高まって。「成長した互いのワザを持ち寄ろう」みたいな感じですね。そんな今回だから私の想いもひとしおです。
(編集部注)
同プロジェクトの最新情報については、Studio PelahapのHPから。2024年夏をめどにクラウドファンディングも実施予定という。
https://www.pelahap.com/knockknock
質問⑥:「深い森」。「キタキツネ」。この作品に出てくる人物や世界観にも北海道的なものを感じさせるところが少なくありませんが、その辺りもやはり地元意識、地元愛の為せる業でしょうか。
あると思います。マレーシアには冬がありませんし、かつて身近だったものへの思慕の念がストーリーのひらめきにもつながっている。このルーツに帰る感覚ってたぶん普遍的なものなんでしょうね。
質問⑦:表現者としての今後の方向性、あるいは予感みたいなものはありますか。
音楽だけでなくアニメにも手をつけ始めたことも、それに先立って家族ごと海外移住したことも、映画祭の構想がトータルな芸術体験を目指しているのも、導かれているのか望んでいるのか、すべてが可能性が開く方向に向かっている感じはしているんですね。
肉骨茶のアニメも、一時期並行してパーソナルシェフをやっていた位料理好き、という趣味性が高じて出来上がったものだったりします。「強み」や「好き」をあれこれ全投入した、全人格的な?表現をやっていけたら理想だし、そこを目指したいです。
質問⑧:キタキツネの話が出たからではないですが、そんなご自身を動物に例えるなら?
今現在はまだですが、イメージとしては「鵺(ぬえ)」のようでありたいと思っています。
鵺。平家物語に出てくる。頭、胴体、四肢、尾が全て別々の動物からできた、キメラみたいな姿の妖怪。今話した理想を体現しているのが、わかりますよね?
質問⑨:マネジメントにあたるSPECとの二人三脚は、どんな調子ですか?
それが、今回の映画祭でも「心強い!」と思うことがありました。担当マネージャーが飛行機に乗って応援に駆けつけ、プレゼン前夜の予行演習にも立ち会ってくれたんです。第三者視点でのアドバイスって、貴重。おかげで本番は怖じずにハキハキ喋れていたはず……。
親身になっていてくれるから、私ももっと先へと頑張っていけます。
質問⑩:仕事道具、またはそれ以外でもいいですが、普段から大事にしているものをひとつ、見せて頂けますか。
ガネーシャ像。ついでにいつも仕事で使っているオーディオインターフェイスとペンタブレットもお見せしましょう。
ガネーシャは新しいことを始めるのを手助けしてくれたり、学問の成就や商売の成功を叶えてくれる神さまなんですが、アニメーションをやり出したタイミングで偶然見かけたものだから、これは幸先良いな、と思い買いました。ここマレーシアではごくポピュラーな存在で、日常の至るところで見つかります。お店のカウンターだとか、車のダッシュボードとか。日本でいう「お守り」みたいな感覚です。
(終)
たゆたう感じを大事にしていたい、とは常日頃思っているんですね。それから、例えメインを張る「主」旋律であってもそれが前面に出過ぎては窮屈に感じられてしまう。それよりはもう少し引いた形で、という考えが基本的にあります。
音大に入学する以前から師事していた先生からも、作曲や編曲では「風を通せ」と事あるごとに教わっていたし、そんな風にして創作のスタイルが身に付いたのかな、と。